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古澤巖の気まぐれ通信20200425

スラーについて。モーツァルトの譜面はTAIRIKが言うように1発書きなら、弓の上げ下げというよりは、「この音からこの音まで繋げる様に」と音楽的な指示に見える。でもバッハのスラーは、同じパターンが続く時は最初だけ書き込んであったり、突然沢山の音に長いスラーがかかっていたり。何か都合が有るのでは無いか?と勘ぐりたくなる。見た感じ、作曲家的というより、この譜面を弾く人が付けたような…。とはいえ、当時の貴重な遺物にかわりはない。世界中の学者や専門家が研究続けてるはずで、いい加減な思いつきで発言出来ないけれど。バロック時代、下げ弓と上げ弓は全く違う意味を表すらしいし。来週筑波に行く折ポールに会うので、そこの所聞いてみようと思う。彼らはバロック研究の本場オランダのチームにいたし。サーキットは2輪走行は出来なくなっている。4輪に比べて40倍の致死率らしく今は救急搬送時期ではないので。以前1956ベスパのサイドカーを作る為、バイク中型免許がいると言われて二子玉の教習所に。危ないから普段自転車も乗らない。原付も勿論乗らない。昔、矢島事務所から原付バイクの広告頼まれて、撮影用に10m位は乗った。まず似合わないし。で、中型免許。でかい。股の間にエンジン。エンジンにまたがりそのまま動く感じ。曲がる時はハンドルではなく、傾ける。「スラローム」無理…。自分より年上の爺さんや、学生みたいな女の子まで、皆で練習する。「1本橋」が子供の時から苦手。すぐ落ちる。1本橋とスラロームが5時限目で、何日も何日もそこから先に行けなくなった。待合室で隣の女の子の紙を覗いたら、凄い数のスタンプが。ちょっと安心した…。最後の試験も当然1本橋でアウト。「こちらとしてもね~早く卒業して欲しいですよ~。」辛かった。しまいには教官が、もっと手前からスピードアップして橋渡っていいことにしてくれて。勿論減点だけど他で稼ぎ。晴れて突破。ちょうどトムクルーズの何とかニード何とかキルみたいな未来戦争で何度もリセットして生き返ってはやり直しながら先に進む映画観て。体に防具付けてヘルメット抱えてベンチで待っているのは正にそれ。2度といやだ。もともとベスパは、50ccの原付バイクだと思ってた。そしたらなんと中型。サイドカーに乗るんだから1本橋もスラロームもしないんですけど。って言ってみたけど「これは規則ですので」。56年のサイドカー部分だけを持っていて、本体のベスパは53年のフェンダーライトのガラクタを集めて組み立てて貰った。「サイドカーは難しいからそこに人は乗せないで下さいね。」…では何を載せるんだろう。それが何年も前の話。乗る気が無いので忘れてた。

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